ブルースリーの筋肉改造トレーニング!地獄の限界プログラム

ブルースリーの筋肉改造トレーニング!地獄の限界プログラム
伝説のカンフースター、ブルースリー。数々のカンフー映画をはじめ、ブルースリー自ら考案したジークンドーは有名なところです。
映画をみてブリースリーあの鋼ような筋肉に憧れた人も多かったと思います。
それでは、あの鋼の筋肉がどうやって作られたのか?その想像を絶する地獄の限界プログラムをご紹介いたします。

ブルースリーのプロフィール


【本名】ブルースリー(李 小龍、Bruce Lee、リー・シャオロン、レイ・シウロン)
【生年月日】1940年11月27日
【死没】1973年7月20日(32歳)
【星座】いて座
【身長】171.5cm
【体重】61.2kg
【血液型】B型
【出身地】アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ中華街
【出身校】ワシントン大学哲学科中退

ブルースリーと言えば、香港カンフー映画を世界的に有名にした人物ですよね。
ブルースリーの俳優デビューは、1966年のテレビシリーズ「グリーン・ホーネット」の準主役、正義のヒーロー役を演じ、そのアクションを評価されることになります。
1970年には、映画会社「ゴールデン・ハーベスト」と契約をし、初主演映画「ドラゴン危機一髪」で香港歴代興行記録を塗り替え、誰もが認める香港映画界のトップスターとなったのです。
その後は、「ドラゴン怒りの鉄拳」、「ドラゴンへの道」と主演を務め、ドラゴン怒りの鉄拳では、武術指導も兼任し、ドラゴンへの道では製作、監督、脚本までも兼任する多彩な才能を発揮したのです。
1972年には「死亡遊戯」が撮影されるも、1973年に発表された「燃えよドラゴン」の企画のため途中で撮影が中止されました。
1973年7月20日に「死亡遊戯」で共演予定の女優のベティ・ティン・ペイの自宅で脳浮腫(のうふしゅ)により突然の死去。
ブルースリーの死後、世界各地で「燃えよドラゴン」が公開され華々しいヒットとなりましたが、その光景をブルースリー本人は見ることはなかったのです。

ブルースリーの筋肉改造トレーニング

ブルースリーの無駄のない鋼の筋肉は「燃えよドラゴン」などの映画でご存知だと思います。
見た目だけではない、あの実践的な筋肉は格闘技をされている方々にも一目置かれていたようです。
それでは、あのブルースリーの筋肉がどうやって出来たのか?ご紹介いたします。

■スクワット:10回×3セット(ウェイト95ポンド)
■フレンチプレス:6回×4セット(64ポンド)
■インクラインカール:6回×4セット(35ポンド)
■コンセントレーション:カール6回×4セット(35ポンド)
■プッシュアップ:10回×3セット(70~80ポンド)
■ツーハンドカール:8回×3セット(70~80ポンド)
■トライセップスストレッチ:8回×3セット(3ポンド)
■ダンベルサークル:出来る限り×4セット(16ポンド)
■シットアップ:12回×5セット
■カーフレイズ:20回×5セット

ウエイトトレーニングは、週に3回行います。この他には時期によって腹筋に負荷をかけた筋肉トレーニングや時にはパンチに重点を置いた筋肉トレーニングなどを行っていたようです。

時期によって代えていた筋肉トレーニングは下記の内容だったようです。

■ウエストツイスト:70回×4セット
■シットアップツイスト:20回×4セット
■レッグレイズ:20回×4セット
■ラーニングツイスト:50回×4セット
■フロッグキック:出来る限り×4セット

■ローマンチェアシットアップ:30回×4セット
■レッグレイズ:20回×4セット
■サイドベンド:20回×4セット

ちなみに有酸素運動のジョギングは毎日2~6マイルこなしていたそうです。
この筋肉トレーニングの内容だけでみてもブルースリーがストイックだったことが伺えますね。

まとめ

ブルースリーの筋肉改造トレーニングをご紹介しましたが、どうでしたか?
あまりにもハードな内容ですから、ちょっとこれをこなすのは相当な気合が必要ですね。
ブルースリーの映画の名言である”Don’t think.FEEL!”考えるな、感じろ!の意気でトレーニングを試してみるのもいいかもしれまんよ。

それでは、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

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